Aさんは、税理士事務所で勤務中、顧客の会社の社長から誘われて、多数の飲食店を経営する会社に経理の担当者として入社しました。
会社は多数の飲食店を経営しており、パートを含めると従業員は数百名とそれなりの規模の会社ではありましたが、本社スタッフと呼べる人材はほとんどおらず、経理を担当しているのはAさん一人という状態でした。ほかに人材もいないため、Aさんは日常の記帳や入出金の管理はもちろん、決算や税務申告、銀行との融資の交渉など、一般的な企業であれば経理財務部長というべき職責を果たしていました。また、給料も社長とその関係者を除けば、最も高い給料をもらっている数人のうちの一人という待遇を得ていました。
Aさんは、激務の末に、体調を崩したことで、残業代の請求と体調不良による損害の賠償を求めて私のところに相談に来ました。会社と交渉しましたが、会社は管理監督者であるとして、残業代の請求もを拒否しました。そこで、時効の問題もあるため休業については一旦留保し、まずは残業代だけ先行して労働審判を提起することにしました。
私は、Aさんは、
①経営の重要事項にかかわっていたのは否定できないにしても、最終的な決済はすべて社長を行っておりあくまで補助者として関与していたにとどまること、経費の支出の権限も他の従業員も認められていた小口を除いてなかったこと、
②Aさんには特段の肩書はなく、当初部下はなく、その後も不要の範囲内で働く主婦パートが数人いたにとどまること
③社内で相対的に高い待遇であったのは否定できないが、時給に換算すると2000円前後に過ぎず、残業代の保護が不要と言えるような好待遇には程遠いこと、Aさんと同程度の給料をもらっていた同僚も、残業代の支払い対象となっており、Aさん自身も退職直前は残業代の支給対象となっており(ただし、残業代支給に伴い基本給は減額となった)、今更管理監督者と主張するのは信義に反すると主張しました。
裁判所も、肩書がないことなどから、会社の管理監督者との主張は排斥しました。もっとも、残業代支給に伴う基本給減額については、Aさんが下案を作成していたこと、減給のタイミングについてもAさんが提案していたことなどから、残業代支給開始に伴う基本給切り下げは一般的には無効とすることが多いのですが、Aさんに限っては有効なのではないかとの心証を開示され、減給は有効との前提での和解となりました。